八海山のこだわり

No.13 もろみ仕込み(後編)

もろみ造りで一番重要な品温管理。発酵が進むにつれて温度が上がっていくもろみを最適な発酵に導くために、造り手の経験と勘のほか、分析データをもとに管理する。

同時並行で進む糖化発酵とアルコール発酵

三段仕込みを終えたあとは、一日に1℃位ずつ、もろみの温度を上げていき、普通酒・本醸造酒の場合、最高温度を12~13℃までもっていくのです。酵母がアルコールを造る最適な温度は25~26℃ですが、日本酒造りではここまで温度を上げることはありません。低い温度で長期間かけて、発酵をうながすことによって、雑味の少ない、きれいな味で膨らみのある酒が出来るのです。最高温度を6~7日間とったあとは、またゆっくりと温度を落としていきます。

このため八海醸造では、留仕込みの日からもろみを搾る日まで、これをもろみ日数と言いますが、約28日間をかけて発酵を行なっているのです。一般的には最高温度を15~16℃まで上げ、もろみ日数が24日程度で発酵を終える蔵もあるようです。ちなみに、これが大吟醸となると最高温度を10~10.5℃までに抑え、35日間くらいかけて発酵させています。

この発酵期間中、もろみの中では麹菌の造り出す糖化酵素が蒸米のでんぷんをブドウ糖に変える“糖化発酵”という作用と、酵母がブドウ糖をアルコールに変える“アルコール発酵”という2つの作用が同時に並行して進む、いわゆる「並行複発酵」が起こっていきます。
これこそ日本酒独特の発酵形態で、つまりワインでのそれはブドウ糖からアルコールへの「単発酵」ですし、ビールは糖化を始めにすませて、その後アルコール発酵が行なわれる「単行複発酵」というもので、並行複発酵のような複雑な仕組みは、醸造酒では日本酒だけのものです。

繰り返すようですが、酒造りの本体は、アルコールを造ることです。もろみとは、そのアルコールを造る現場なのです。そこはまた、水、蒸米、麹、酒母といったそれぞれに厳選された、もしくは丁寧に造られた部品を組み立てる行程でもあります。これらの部品の能力を最大限に活かすことが、もろみの管理技術というわけです。

品温管理こそもろみ造りの肝

もろみ仕込み直後の状態(飯面)

もろみ2日目(筋泡)

もろみ15日~17日(玉泡)

もろみを管理するうえで、朝・晩に行なう櫂入れ作業は欠かせません。これはタンク内の温度の均一化や、どうしても比重の重いものが下に沈む性質をふせぐための、成分や比重の均一化、蒸米に物理的な刺激を与えることによる溶解の調節などを目的に行なうものです。
もろみの管理は前述したような櫂入れも重要ですが、一番肝心なのは品温の管理です。もろみはアルコール発酵を自然にまかせておくと、その時の室温にもよりますが、発酵によって起こる発熱で品温が20℃以上にも上昇します。したがって、この品温を造り手の意図する温度経過に沿って誘導することが必要なのです。

昔から“酒は寒造り”と言われますが、現在のように冷却設備のなかった時代には、冬季の降雪、自然の低温期間がもろみの低温管理に最も都合のよい条件であることを言い当てている言葉ではないでしょうか。もちろん、冬季は蔵の内外の雑菌の減少や蒸米の冷却にも好都合なことは言うまでもありません。

現在では、もろみの品温管理のために、サーマルタンクを使用しています。サーマルタンクとは、タンクの外周に沿って冷水ジャケットが付いているタンクのことで、タンクの内側に温度センサーがあり、もろみの品温管理を操作盤で行なっていくものです。もろみは発酵が進むにつれて温度が上がっていきますが、目標とする温度よりも高くなると、冷水がジャケットの中を回り、温度が上がり過ぎないようにするという仕組みです。もろみの後期には、品温を落としていくのにも使います。八海醸造では吟醸酒、純米吟醸酒の仕込みには7,000L容量のサーマルタンクを、新蔵(第二浩和蔵)で製造する普通酒と本醸造酒の仕込みタンクは10,000L容量のサーマルタンクが設置されています。

もろみが順調かどうかは、もろみの状貌、つまり、ツラを見て、香りを嗅いで、おおよそ知ることができますが、もろみの成分分析データと併用することで、より正確な判断が下されます。調べる内容は、日本酒度やアルコール度数、酸度、アミノ酸度などで、もろみの前期には5日おきに、後期になると1日おきに分析しています。搾る数日前からは毎日分析を行なって、搾るタイミングをうかがいます。分析の結果はすぐに蔵人に伝えられ、もろみ管理の参考にしています。

仕上げに四段を加えて甘辛の味わいを微調整

いよいよもろみの仕上げは、四段添加と言われる行程にかかります。一般的に、純米酒以外の酒には、搾る前に醸造アルコールを添加しています。醸造アルコールを添加すると、香りが引き出され、すっきりとした味になる一方、酒の味は辛く(日本酒度で言えば、プラスに)なります。
そこで、醸造アルコールを添加する前に、蒸米を糖化させて造った甘酒のようなもの(これを四段といいます)を添加することで、甘辛や微妙な味の調整のための操作をしておくのです。もろみの三段に対して、四番目の仕込みということで、四段と呼ばれています。この四段の添加量は、吟醸酒の場合、総米の2%程度でしかないのですが、その役割は大きいのです。

次回は、もろみ行程から上槽と呼ばれるもろみのろ過、かつては“しぼり”と言われた行程に進みましょう。

記 1999年  森田洋[出版プロデューサー]

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