八海山のこだわり

No.2 水を生かす技、米を生かす技

六日町藤原地区にある「雷電様の水」の源流。1日に400トンの湧出量を誇り、清酒八海山の仕込水として使われるほか、地元の水道や米作りにも利用される。

うちの酒蔵は、酒造りについて言いたいことがたっぷりとある

日本にはたくさんの酒蔵がありますが、酒蔵にはそれぞれ個性や特徴というものがあります。どんな味わいの酒を造っているのか、どんな想いを込めて造っているのか。それから、どんな人たちが造っているのかということもあるでしょう。
では、私たちの蔵、八海醸造の特徴、個性はどうでしょうか。
それについては、弊社の社長、南雲二郎のこんな言葉をもってお答えにしたいと思います。

「うちの蔵は言いたいことがたくさんある蔵だと思います。どんなふうに酒造りをしているか。また、どんな想いで酒を造っているか。そういうことについて、言いたいことがたくさんある酒蔵。それが私たちの酒蔵です。もしも、この蔵が人間だったら、おもしろいお話をたくさんしてくれることでしょう」
そうです。蔵はものを言わないのです。でも、言いたいことはたくさんあるという。それなら蔵に代わって、蔵の設備や機械、道具、米、麹、酵母、そして水、そういうものたちの声に耳を傾けてみることしましょう。だと思っています。そして、私たちは、ここで酒を造っています。弊社発行の『魚沼へ』をご覧いただくことで、この魚沼の魅力を少しでもお伝えすることができれば、私たちにとって何よりの幸せです。

八海山系の地層から湧き出る水は、酒造りの神様からの贈り物

まず蔵の水は何を語ってくれるでしょうか。八海醸造で使っている水は、蔵から数キロ離れた山麓にある岩の間から、勢いよく噴き出してくる水が水源となっています。少し難しい言い方をすると、八海山系の地層からの湧水です。六日町のある南魚沼郡は豪雪地帯としても知られていますが、冬の間に山に降り積もった雪が溶けて、山の地面に沁み込み、その水が長い年月を経て、再び地上に出てきて岩の間から噴き出しているのです。
土地の人は、この水を昔から『雷電様の清水』と呼んでいました。夏でも冷たいし、口あたりが柔らかくて、とてもおいしい水です。1986年には新潟県の名水に指定されました。
蔵ではこの水をすべての作業に使います。仕込水に使いますし、米を蒸すのにも使います。また、設備や道具もこの水で洗っています。こんなにおいしい水を、洗浄に使うなんて、なんだかとても贅沢なようですが、水を惜しんでいてはいい酒はできません。

水は酒質に大きな影響を与えます。同じ米、同じ手順で酒を造っていても、水が変われば酒質が大きく変わることもあるくらいです。酒造りにとって、水は非常に重要な原料のひとつなのです。
では、八海醸造で使っている『雷電様の清水』はどんな水でしょうか。水の性質を把握する方法として硬度(※)を見る方法があります。硬度は水の中に含まれるカルシウムとマグネシウムの量で測ります。
カルシウムやマグネシウムの量が多ければ硬水、少なければ軟水ということになります。硬度4度以上の水を硬水と言い、それ以下の硬度の水は軟水と言いますが、『雷電様の清水』は2程度で軟水です。
硬度の高い水は灰分が多い水です。灰分は酵母の活動を助ける栄養分にもなります。とくに窒素やリン酸、カリウムは重要です。ですから、窒素成分をもつ硝酸を豊富に持っている水は、酒を造りやすい水ということになります。灘の宮水が酒造りに良いと言われたのも、そのためでした。灘の宮水は硬水です。 硬水で造った酒は荒い感じの酒になりやすいのですが、その頃は、荒いと感じられるほどのしっかりした酒が好まれましたし、昔は酒造技術が未熟だったこともあって、灘の宮水のような硬水が喜ばれたのでした。何よりも酒造りに失敗する危険が少ないということが歓迎されたのです。

しかし、酒造技術の進歩は、硬水のほうがいい酒ができるという昔の常識を変えてしまいました。『雷電様の清水』も、酒造技術の進歩がなかったら、飲めばおいしいが、酒造りには適さない水だと言われたかもしれません。
今でも酒造りに適しているのは硬度が3度から5度の中硬水と言われる水だという考え方が残っていますが、八海醸造では、『雷電様の清水』こそ、酒造りの神様がこの地にもたらしてくれた最大の贈り物だという信念をもとに、酒造技術の研鑚を積み、ついに、これほどの軟水を使って美酒を造る技を身につけたのです。この技が『雷電様の水』の良さを生かし、淡麗辛口、さらに旨みと香りを備えた品格ある酒を造り上げたのです。
この水の良さをさらに酒造りに生かすため、蔵には洗米水専用のタンクが2基あります。ひとつは容量8万リットル。もうひとつは2万5000リットル。円筒形のタンクは見上げるような大きさで、小さなほうのタンクには水温調節用のチラーがついています。チラーというのは、仕込水の冷却やもろみ温度の調節に必要な冷水をつくる、冷水製造装置です。仕込水やもろみの温度は麹や酵母の生育と活動に大きな影響を与えますから、最適な水温を維持する必要があるのです。

原料米へのこだわり──極上の三木市産・山田錦を確保する

次に米です。米は水と並んで酒造りの大きな原料のひとつです。しかし、米にもいろいろな種類や品種があります。その中から、それぞれの酒蔵が自分たちの造ろうとしている酒に合わせて、どの米を使うか決めるわけです。そして、それぞれの米の味や性質などの良いところを存分に引き出して、狙い通りの酒が造れるかどうか。そこが大事なところです。
たとえば酒米といわれる米があります。こういう米は酒造好適米とも言いますが、ひとつひとつの米粒が大粒で、しかも粒が揃っているという特徴があります。また米粒の中心部には心白と呼ばれる白い部分があります。心白というのは、でんぷん質が粗に集積した部分で、そこだけ白く見えることからこの名前がつきました。私たちが普段、ご飯として食べる米には心白はほとんどありません。ですから、心白があるかどうかだけでも、酒造好適米と一般米は見分けがつきます。
すぐれた酒造好適米はとくに大きな心白を持っています。心白はよく水を吸いますから、心白が大きな米を蒸米にすれば、中心部までしっかりと蒸された米ができます。こういう蒸米に麹の種をつければ、麹の菌糸が米の中心部までしっかりと入り込み、品質の良い麹ができやすいのです。また、もろみに仕込んだあとも、蒸米の溶け具合の調節がしやすいのです。

兵庫県三木市の中でも、最高級とされる特A地区でとれた山田錦の玄米。粒が大きく、見事な心白を持つ。

八海醸造ではすぐれた原料米を惜しみなく使っています。昨年度、八海醸造で使用した米のうち、酒造好適米の使用割合は45.3%でした。その中で最も高い割合だったのが五百万石で、全体の32.8%を占め、次いで美山錦の7.3%、山田錦の5.2%でした。五百万石は新潟県の酒造好適米で、新潟の酒の特徴として言われる「淡麗辛口」な酒質をめざすには欠かせない品種です。また、美山錦は長野県の酒造好適米です。
どこの蔵でも、酒造りに使われる米は、酒造好適米ばかりではありません。もろみの掛け米には一般米も使います。しかし、蔵で使う米のうち45.3%が酒造好適米などという蔵は珍しいはずです。
しかも、どの米も品質、産地を慎重に選んでいます。たとえば山田錦。この品種はとくに大きな心白を持ち、吟醸酒造りには欠かせない酒造好適米です。山田錦でさえあれば、どこのものでもいいのではなく、山田錦の中でも最高の品質のもの。それが八海醸造のめざす酒に必要な米なのです。そのため、とくに兵庫県三木市の山田錦を使っています。三木市は山田錦の産地として全国的にも知られていますが、その三木市の中でも、とくにすぐれた品質のものが収穫される特A地区のものも入手しているのです。この山田錦はほれぼれするほど粒が大きく、その心白はまったく見事なものです。
三木市の山田錦は昔から評価が高く、どこからも引っ張りだこで入手はたやすいことではありませんでした。しかし、八海醸造がめざす高品質の酒造りが、産地側にも理解され、特A地区の山田錦を安定的に確保する道が開けたのでした。産地側でも以前から、山田錦のすぐれた特質を最大限に引き出す酒蔵に使ってほしいという強い願いがあったのですが、その産地の願いと八海醸造の酒造りにかける想いが通じ合ったのです。

蔵人の技術や情熱が原料と調和して、壮大な合奏曲が生まれる

ところで、いい水といい米。それがあれば、必ずいい酒ができるというものでもないのです。それを生かす技が必要なのです。しかも、その技は繊細で複雑なものです。酒造りを何かにたとえるなら、もっともふさわしいのはオーケストラでしょう。すぐれた指揮者、そして、メンバーのひとり一人が、しっかりとしたスキルと情熱で、それぞれの楽器の音色を引き出し、その音色が調和して壮大な合奏曲となる。酒造りはそんなオーケストラの姿によく似ています。
いい楽器があれば、いい演奏ができるというわけではないし、ごく一部のメンバーだけがすぐれた演奏技術を持っていても、やはりいい演奏にならないものですが、それと同じように、いい水、いい米、いい麹、いい酒母、いいもろみ。そのそれぞれが蔵の技によって生かされ、さらにひとつの目標に向かって総合されて、初めていい酒ができるのです。次回からいよいよ、その技をひとつひとつ紹介していきます。

(※)硬度:水中のマグネシウムとカルシウムの量に対応する炭酸カルシウム(CaCO3)、または酸化カルシウム(CaO)の量で表した数字。硬度の単位は国によって異なり、日本では水100ml中に酸化カルシウム1mgを含むときに硬度1度としてきた。

記 1999年  井出耕也[フリージャーナリスト]

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