八海山のこだわり

No.8 麹米を造る(後編)

自動製麹機は内部にセンサーを備え、麹の温度を自動的に調節する。目指す麹を造るには、温度管理が非常に重要だ。

酒質に影響する麹造りに手間は惜しまない

2つの揉み床がある室の隣には、機械室(棚室)と呼ばれている部屋があります。そこには自動製麹機と盛り箱があります。自動製麹機は長方形の大きな箱のような形をしています。盛り箱は種をまいた麹を管理するための箱で、自動製麹機から機械部分を除いて小型にしたような形をしています。どちらも箱の中段が網底になっていて、通気性の良い布を敷いてから、中に麹を入れて、その上から帆布で覆います。

種が付いた麹は菌糸の生長とともに温度が上がるのですが、温度が上がりすぎたり、下がりすぎたりしたら、目標通りの麹を育てる上で都合の悪いことが起こります。麹菌の生長が進みすぎたり、遅くなりすぎたりしてしまうのです。そうならないように、自動製麹機は内部に温度センサーを備えていて、箱の中に風を送ったり止めたりして、自動的に温度調節をしますし、麹造りの最終段階には、麹の水分を飛ばし、乾燥させるためにも送風をしているのです。

自動製麹機に麹を入れてしまえば、あとは機械任せにするのか? いいえ、決してそうではありません。麹を見て、触って、香りを嗅ぐ。機械をうまく使いながらも、麹の出来を決めるのは人間ですから、時間ごとに麹の様子を見てやり、手を入れているのです。

麹の品質は酒質に非常に大きな影響を与えます。そのため、狙っている酒質に合った麹が必要になるのです。洗米、浸漬、蒸米、そして種まきとその後の手入れ、盛り。ここまでの作業もすべてそのためだったのです。もちろん種麹の種類も選びます。

機械室の盛り箱には、前日の同じ頃に種麹をまいた麹が布団に包まれて盛ってあります。そして、自動製麹機には、前日に盛り箱から自動製麹機に移された麹が入っています。隣の揉み床には、その日に引き込んで種をまいた麹があるのですから、麹室には経過時間ごとの3種類の麹があるわけです。これからそれを順に移していくのです。

午後2時半過ぎ、まず、自動製麹機の麹を麹室から出します。これを出麹と言います。麹屋の「お~い、出すぞ~」という声で、室の戸が開けられます。室の外の廊下から冷気が入ってきて、たちまち足元から腰へと這い上がってきます。

そこへ、酒母室や仕込蔵から、蔵人が麹屋の声を合図に応援にやってきます。再び、半ズボンの蔵人と長ズボンの蔵人が一緒になって作業を始めます。

自動製麹機の麹は「タメ」と呼ばれる、計量升を兼ねた桶で、15キロぐらいずつ測り出されます。タメの麹をすり切る音、タメをたたく音、蔵人たちの威勢のいい掛け声などが響く中、麹は枯らし場へと担がれていきます。あたりには出来立ての麹から香る、栗のような芳香が広がり、最高の麹が出来たことを蔵全体が喜んでいるかのような雰囲気に包まれます。

蔵人に担がれ、枯らし場へと運ばれた麹は、そこに並べた大きなヘギに移します。麹をヘギの上に広げ、手で三本の溝をつけておきます。こうすると麹の表面積が多くなり、品温の低下と乾燥に都合がいいのです。これも昔からの酒蔵の知恵です。この麹は一晩枯らした後、次の朝に使います。

出麹が終わって空になった自動製麹機には盛り箱の麹を移し、翌日の朝、揉み床の上で前日に種をまいて少し生長しかけた麹を、空いている盛り箱に盛ります。これで麹室の中には、盛り箱の麹と自動製麹機の麹の2種類になったわけです。どちらの麹も、この後、さらに何度か手入れが行われます。深夜1時の手入れは当直の蔵人の仕事です。

理想とする酒を造るためにこだわり続ける

できあがった麹を麹室の外に運び出す「出麹」。昔ながらの製麹方法の段階のひとつだ。自動製麹機の麹を15キロくらいずつすくい、枯らし場へと移して、冷却と乾燥を図る。

蒸米を朝の9時半頃に麹室に引き込んでから出麹までこれだけの手間がかかるのです。吟醸酒ならともかく、普通酒の麹を造るためにこれほど手をかけている酒蔵は、おそらく非常に少ないと思います。これはもう、事実上、吟醸造りの麹ともいえます。

ほとんどの酒蔵では、連続蒸米機の出口のところに設置した放冷機に蒸米が入り、目安としている品温になったところで、吟醸麹造りに必要な4~5時間の乾燥工程を省略して種麹をまき、次の工程に移るなどして、麹室の自動製麹機で麹を造っているというところが多いのではないでしょうか。また、そのほうが人手を省けるし、コストダウンにも役立つはずです。

八海醸造としても麹造りを自動化できることならそうしたいと思っています。しかし、今の酒造機械では、望み通りの麹を得るのは難しそうなので、普通酒であっても、あえてこれだけの手間をかけています。ほとんど手造りで普通酒用の麹を含め、すべての麹を突破精の麹にしているわけです。

とは言え、これが本来の酒造りだと言うつもりはありません。昔から酒造万流とも言いますし、酒造りにはいろいろな方法があり、考え方があるからです。それが日本酒の奥行きであり、幅でもあると思います。

ただ、私たちが理想とする酒を造るためには、たとえ普通酒と言えども、米の精米歩合であれ、麹であれ、どちらにもこだわりたいのです。それが八海醸造の酒造りの姿勢でもあるのです。

最後に付け加えておきますと、実は、麹は多く使えば良いというものでもありません。八海醸造ではむしろ量は抑え気味にしています。古い時代の酒造の教科書では、総米の30%を麹米に充てると書いてあります。しかし、八海醸造では総米の約20%にしています。淡麗な味わいを備えた酒にしたいがためです。

記 1999年  井出耕也[フリージャーナリスト]

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