八海山のこだわり

No.4 2種類の洗米機



吟醸蔵にある最新鋭の洗米機(写真上)で洗米した米は、パイプを通ってバケット(写真中)に運ばれる。そこで、浸漬・吸水させた後、台車に空ける(写真下)。

酒造りへのこだわりの深さ語る洗米機

精米を終え、「枯らし」もすんだら、洗米という仕事に進みます。精米と同じように、洗米でも機械が活躍します。酒蔵というと、もろみの桶に櫂を入れる蔵人の歌声を想像するかもしれませんが、現代の酒蔵では歌声よりも、大小さまざまなモーターの音のほうが耳につくのです。

洗米機のモーターもそのひとつですが、洗米機の場合、米を洗う水音も混じります。八海醸造では2種類の洗米機を使っていますから、それぞれの洗米機が違う音を奏でます。
ひとつは普通酒と本醸造酒用の白米の洗米機です。この機械は学校蔵と呼んでいる原料処理室に置かれています。八海醸造は東西に3つの酒蔵(醗酵室)が並んでいますが、学校蔵は真ん中にあります。もうひとつの洗米機は、学校蔵の東隣りの吟醸蔵(3号仕込蔵)にあります。 しかし、なぜ、2種類の洗米機があるのでしょうか。実は、このこと自体が、もっといい酒を造りたいという八海醸造の想いの強さ、深さを物語っているのですが、その説明は後のほうに譲ることにして、洗米機とはどんな機械なのか、そちらのほうのお話をすませておきましょう。

まず、なぜ、洗米機が必要なのかということです。米を研ぐのなら、ご飯を炊く時と同じように手で洗うこともできるわけです。それでは、もし、酒蔵でも手で米を研いだら、どういうことになるでしょうか。
八海醸造が使う米は3つの蔵を合わせて、一日に8トンにもなります。この8トンの米をすべて手で研ぐとしたら、大変な労力が必要になります。それはコストにも跳ね返ってきます。また、これが重要なことなのですが、人間に過度な負担をかけると、ミスが起こりやすくなるという問題もあります。洗米で失敗してしまったら大変です。洗米も大事な仕事なのです。
いい麹を造り、いいもろみを造り、そして、いい酒を造るためには、洗米の時に米粒が吸い込む水分量が大きなポイントです。だから、水分量を厳密にコントロールしなくてはなりません。洗米機は米粒に付着している糠を洗い流すと同時に、水分量の調整という役割も担っています。 だけど、機械任せにしておけばいいかというと、そうもいかないのです。精米の技と「枯らし」による調整をしていても、洗米にまわってきた白米は、微妙な違いがあります。年によって米の品質も違います。洗米を担当する蔵人は、この違いを見極めた上で、洗米機を操作しなくてはなりません。そこに洗米の「技」があるのです。

蔵人の知恵と経験で機械をコントロール

まず「技」がある。そのことを頭に入れてもらったところで、ここからは学校蔵の洗米機の仕組みの説明です。
最初に昇降機を使って米を洗米機の上にあるタンクに入れます。そして、パイプを通して洗米機に米を落とし込みます。洗米機にはすでに水が張ってあって、その中ではステンレスのスクリューが回っています。スクリューは3枚羽で、平行に並んだ2本のシャフトに、それぞれ6枚のスクリューがセットされています。合計12個のスクリューが水をかきまわすわけです。そして、スクリューが起こす水流の中で米粒を洗い、水を吸わせます。
洗米の時間は蔵人がセットし、その時間が来たら、洗米機から、やはり水流に乗って排出され、パイプを通って、隣りの浸漬タンクに送り込まれます。

浸漬とは文字通り、米を水に漬けることです。糠を洗い流すだけなら、それほど長い時間をかけなくてもいいのですが、それでは米に必要な分量の水分を吸わせることはできません。かといって、もう洗米をする必要がないのに、激しい水流に米をさらしていると、米粒が壊れてしまうことにもなりかねません。そこで、洗米を終えたら、浸漬タンクに移して、静かな水の中で水を吸わせてやるのです。
学校蔵の洗米機は本醸造酒と普通酒の原料米を受け持っていますが、たとえば、普通酒の場合、浸漬時間は長い場合で20分、短い時は5分ぐらいです。
浸漬の前に「から漬け」という操作も行われます。これは浸漬タンクに米が送り込まれたら、いったん浸漬タンクの水を落としてしまい、水に濡れた状態の米を放置しておく操作のことです。から漬けすることによって、水が米に馴染むのです。もっとも、から漬けがいつも行なわれるとは限りません。これも米の状態によって変わります。長い場合は2時間も置くこともありますし、まったく置かない時もあります。
どれだけの時間、から漬けと浸漬をするか。それも機械でセットできますが、その時間を判断するのは蔵人の知恵と経験です。ご飯を炊くために米を研ぐのにも、それなりの知恵や経験が必要になりますが、酒蔵で、大量の米を、しかも厳密に吸水量をコントロールしながら、八海山が理想とする高品質の酒に合わせて米を研ぐには、洗米機という頼りになる機械があっても、米の品質の見極めや、洗米にかける時間、枯らしにかける時間、浸漬にかける時間など、肝心なところでは、蔵人の知恵と経験がものを言うのです。

八海醸造が目指す酒質を実現するために

吟醸蔵用の洗米機は、コンピュータ制御で洗米時間や吸水量をセットし、緻密なコントロールが可能だ。

もうひとつの洗米機は吟醸蔵(3号蔵)にあります。これは最新式の洗米機です。どれくらい最新式かというと、日本中を探しても、まだ2台しかありません。洗米機の開発元である、新潟県内の酒蔵に1台あり、それに若干の改良を加えたもう1台を、八海醸造では使わせてもらっています。 最新型だけに値段も非常に高価です。1台で数千万円もします。しかし、それだけのことはあるのです。学校蔵の洗米機よりも、はるかに厳密に米の吸水量をコントロールできるからです。 八海醸造には、2種類の洗米機がある。そのこと自体が、八海醸造の酒造りにかける想いがどのようなものであるか物語っていると言いましたが、それは、このことなのです。 たとえ、高価な機械であっても、私たちが目指す酒質を実現するために必要なものならば、あえて導入するのが八海醸造なのです。洗米はどちらかというと地味な仕事です。しかし、酒質に大きな影響を及ぼすのも洗米の良し悪しなのです。そのために、八海醸造はこの機械を使っているのです。 これまでに導入した機械の中には、あまり自慢できないことですが、期待はずれに終わったものがあるのも事実です。たとえば、米の水分量を調整するために導入した遠心分離機があります。国産の高級車ぐらいの値段の機械ですが、使ってみたら、思ったほどの効果はありませんでした。今は、蔵の片隅に置かれ、一部改造した後、もっぱら洗い物の水を切るために使われています。これは日本一高価な脱水機かもしれません。

人間の手と同じやさしさで、米を洗える最新技術

吟醸蔵の洗米機もコンピュータ制御で、洗米時間や吸水量をセットするのですが、その厳密さはまさに驚異的です。厳密にコントロールできる理由は、米を一挙に水の中に落とし込み、また、一挙に水分を排出できるからです。
この洗米機は、まず、洗米機の上部のタンクに白米を送り込んでおき、タンクの下の弁を開いて、下の洗米タンクに一挙に落とし込みます。この洗米タンクは側面にいくつかの穴(ノズル)があって、水が勢いよく流れ込み、強い水流の力で洗米するのです。そして、洗米が終わったら、洗米タンクの下の弁を開いて、水を一挙に排出します。
学校蔵の洗米機ではパイプを通して徐々に米を送り込みますから、どうしても、最初に送り込まれた米と、後から送り込まれた米で、洗米の時間(白米が水に浸かっている時間)にばらつきが出てしまいますが、吟醸蔵の洗米機では、このばらつきをなくすことが可能になりました。 また、完全に水流の力だけで米を洗いますから、人間の手で洗米するのと同じように、やさしく洗米でき、白米の壊れが少ないのです。
浸漬の時間も同じように厳密にコントロールできます。大吟醸酒や吟醸酒、純米吟醸酒などは高度に精白された白米を使用するため、白米の吸水スピードが速く、かつ、大量に吸水しやすい性質があります。加えて、高度精白米はかなり厳密に、吸水歩合を調整する必要があり、そのため、一般的な洗米機では、適量の吸水率にコントロールすることはとても難しいので、こちらの洗米機を使用しています。洗米と浸漬が終わった米は、一晩、蔵の中で眠って、浸漬米の水分の均一化を図る「枯らし」が行なわれます。
米を洗う。言葉にすれば簡単なことですが、いい酒を造るために米を洗うということになると、なかなか難しいことなのです。

記 1999年  井出耕也[フリージャーナリスト]

この記事をシェアする
このページの先頭へ