八海山のこだわり

No.12 もろみ仕込み(前編)

麹、酒母造りとともに、日本酒の製造工程に欠かせないもろみ仕込み。4日間かけてあらかじめ造っておいた酒母に麹、水、蒸米を3回に分けて仕込んでいく。

最高の清酒のために必要なこと

前回は「酒母を造る」まで、11回にわたりご説明して参りました。ですが、ここでは繰り返すようですが、これまでの酒造りの工程について、ひととおり簡単におさらいをしておきましょう。

八海醸造の製造方針は、「最高品質の清酒を造ること」。妥協を許さない大吟醸酒製造技法を全酒類へ徹底して応用しています。飲み飽きない酒はもとより、最高品質とは、高品位の淡麗辛口、きれい、なめらか、ソフトな香味のある清酒を指しているものと考えているのです。手前味噌になりますが、これらのことは、材料、技術のどれをとっても、大変高度な製造技法が要求されます。
このため、まず原料米品種の厳選、次いで精米歩合の決定、外硬内柔を要求される蒸米、手造りによる製麹作業、酵母の種類の選定や低温長期発酵で造られるもろみ造り、もちろん“雷電様の清水”にこだわった水も大切な要素です。
新しい設備の積極的な導入、機械ではできない細かな作業など、すべて手を抜かずに、ひたすら「最高の清酒」を造ることに費やされていくのです。

水、麹、蒸米を3回に分けて仕込む

さて、今回からはいよいよ清酒の味の決め手になるアルコール造りの現場、もろみの工程に入っていきましょう。
酒造りのことわざに、「一麹、二もと(酒母)、三醪(造り)」というものがあります。これは製造工程の流れの順を言っているのと同時に、酒質に及ぼす影響度合いの順をも表しているのです。このことからもわかるように、もろみと呼ばれる仕込み工程は、大切な工程の1つです。

このもろみ工程を構成する要素が、これまでお話ししてきた、水、蒸米、麹、酒母ということになります。これらの要素を部品に例えると、もろみはその部品を組み立てる工場ということになるでしょうか。高品質な麹、丁寧に造った酒母もすべてこの組み立て工程のための布石なのです。

もろみ工程の特長はなんといっても、高品質な部品に加えて、三段仕込みと呼ばれる仕込み方法にあります。あらかじめ造っておいた酒母に、麹、水、蒸米をそれぞれ、初添え、仲添え、留添えと3回に分けて、だんだんに仕込み量を増やして仕込んでいきます。これを「三段仕込み」と呼びます。

もろみを三段に分けて仕込むのには理由があります。もろみは開放状態で発酵が進みますので、常に空気中の雑菌や野生酵母による汚染の危険にさらされています。そのような状況下で、1度に全量を仕込んでしまうと、せっかく酒母で純粋に培養された清酒酵母の濃度が薄まり、酸度も下がってしまい、雑菌や野生酵母の繁殖を許してしまうことになります。ですから、仕込みを三段(3回)に分け、酵母の繁殖を待ちながら仕込でいくことで、常に清酒酵母の数が優位になり、雑菌や野生酵母の繁殖をおさえているのです。別な言い方をすれば、仕込みの段階からもろみの発酵終了までの全期間を通して、有害な雑菌の侵入に対する免疫力を維持させながら、安全醸造を保証する手法ということになります。

酵母の増殖とアルコール発酵のバランスを図る

もろみ仕込み2日目、「櫂」を使ってタンク内をかき回す。もろみ中の酵母を増やす重要な作業だ。

1日目は添仕込み、初添えとも言いますが、酒母に麹・仕込み水・蒸し米を加えます。仕込みでは蒸米のことを掛米と呼んでいます。酒母は添仕込みの前日にもろみの仕込みタンクに入れておき、翌朝にまず麹と水を加えて水麹を造ります。水麹は、仕込み水に麹の糖化酵素を溶かし出しておくために、掛米を入れる2~3時間前に造っておきます。水麹の温度は添仕込み時で10℃位ですが、掛米を加え、攪拌し、12℃前後に仕上げます。このように、水麹温度よりも温かい掛米を加え、温度を上げて仕込むことを掛上げと言い、逆に、水麹温度よりも冷たい掛米を加え、温度を下げて仕込むのを掛下げと言います。

2日目は踊りと呼ばれ、仕込みのない日です。前日に仕込んでおいた米は水分を吸ってふくらみ、一見、硬めのおかゆのようになっています。“櫂(かい)”と呼ばれる攪拌用の棒でタンク内をかき回すと、プスプスとガスが抜け、次第に軟らかくなって筋状の泡が出てきます。これは、麹の糖化酵素によって米のでんぷんが糖化し、酵母によるアルコール発酵が始まっている、つまり、酵母が増殖しているということです。踊りとは仕込みを休むことによって酵母の増殖を促進させる日なのです。このときのもろみの温度は、添の仕込み温度と同じか、少し下がっています。

3日目が仲添えと呼ばれる仕込みの第2段階で、添仕込みのときの約2倍の量の麹、仕込み水、掛米を入れていきます。仲添えの仕込み温度は8℃位です。こうして温度を下げることによって、雑菌の繁殖を防ぐと同時に、清酒酵母の増殖とアルコール発酵のスピード、さらに蒸米溶解(蒸米の糖化)スピードなどの総合的バランスを図っているのです。

4日目になると、留添え、留仕込みとも言いますが、三段仕込みの最終日となります。留仕込みで残りの麹、仕込み水、掛米を加え、温度をさらに下げて6℃位に仕込みます。仕込み量をだんだんに増やし、1日目の初添え、3日目の仲添え、4日目の留添えの比率は、おおよそ1:2:3となります。
4日間をかけ、3回の仕込みで仕込み工程は終了。あとは低温状態を保ちながら発酵管理をしていくことになります。八海醸造がもろみ1タンクに仕込む白米量は、普通酒・本醸造酒は3トン。吟醸・純米吟醸酒では2トンとなります。

記 1999年  森田洋[出版プロデューサー]

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