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2000/7月
 
 
 

 少し年配の方なら御存知のことと思いますが、その昔、ビールの泡はビールか否か、という論争が大ま じめで繰り広げられたことがありました。戦時中の総動員法の下で、大手のビヤホールが泡を大量に含んだまま客に売っているのはけしからん、ということで警 察に訴えられたのです。この論争の結果は裁判で争われ、結局「ビールの泡もビールなり」と言うことに落ち着いた、ということです。
 その時、お酒の専門家として鑑定を依頼されたのが、当時の醸造学の権威だった坂口謹一郎先生(故人)でした。先日、坂口先生の本を読んでいたら、その時 のエピソードが詳しく書かれていました。鑑定を依頼された坂口先生は、これを好機とばかりにビールの泡の様々な成分分析を行ないました。

 その中でひどく面白かったのが、ビールの泡の成分はその時の周り環境によって微妙に変わってくるというこ とです。当然、その容器によっても大きく違い、ガラスのジョッキなのか、陶器なのか、はたまた錫などの金属の容器なのかで、泡の成分は違うのだそうです。 成分が違えば、その味わいが大きく異なることはことさら述べるまでもありません。現代では、ビールといえば泡が大切なのは愛飲家の間では常識になっていま すが、どの容器にビールをそそぐのかが、そのビールの味わいに大きく影響してくるということになります。

 


 日本における酒器の歴史も、その時代時代のお酒のあり方と多いに関係がありました。さかのぼれば縄文時代までいってしまうのですが、ここでは素焼きの壺などという時代のことはさておき、江戸時代の中ごろから考えてみます。
 江戸時代、今の灘地方で本格的な酒造りが産業として興りました。いわゆる江戸の下り酒の出現です。大消費地である江戸に酒を送るため、灘ではいわゆる千 石蔵といわれる大きな酒造家が生まれ、お酒を大量に製造することが求められました。それを可能にしたのが、その少し前に開発された樽をタガで閉める技術で す。杉などの板を丸く組み合わせ、竹で出来たタガで閉めることにより密封性の高い大型の桶が出来たのです。
 こうした大きな桶は、主に仕込みのために使われ、一回り小さな樽に詰め替えることで運搬も可能にしたのです。江戸の頃は、お酒は原酒のまま小売店に届 き、そのお店で勝手に水で割って売っていました。ですから同じお酒でも、小売店によって濃かったり薄かったりしたわけですね。販売容器には、小さな手提げ の樽が用いられたり、時代劇に出てくる一升詰めの陶器の徳利や瓢箪の容器などが用いられていました。
 こうした木の容器は、材料そのものが防腐作用をもっていましたから、まだ十分に防腐技術が発達していなかったころは酒が劣化していくのを防ぐ、という意 味合いがありました。またお酒に木のいい香りが移り、独特の風味として愛飲家に喜ばれもしました。いまでも、鏡開きなどといって、杉や桧の樽に詰めたお酒 をお祝いの席などで景気よくあける儀式があったり、木の香りが移ったものを樽酒と称して喜ばれているのは、その頃の名残と言えるでしょう。

 

 


 反面、香りが移ったりお酒に他の成分がしみ込むということは、お酒本来のもつ性質を変えてしまうことになります。そうした悩みを解決したのが、ガラス瓶 の登場です。小売りのための販売用容器がガラスに変わっていったのは、明治から大正にかけてです。ガラスは少し重く、壊れやすいのですが、容器自体の変化 が少なく、また余分な成分がにじみ出るようなこともありません。値段も手ごろで、持ち運びにも便利だったので、瞬く間に普及していきました。
 製造や貯蔵の容器としては、木の樽は昭和になっても用いられていました。しかし、大正の頃から徐々に製造にもホーロータンクが用いられ始めます。ホー ロータンクは強度が高く清潔で、なによりお酒本来の味や香りに影響を与えません。このホーロータンクとガラス瓶によって、酒造家も消費者も、初めて酒本来 の味や香りを知りえたとも言えます。
 戦争直後の物不足の時代は、消費者がお酒を買うにも容器持参でないと売ってくれない時代もありました。ようやくガラス瓶が自由に使えるようになったの は、朝鮮戦争が終わってからだといいますから、お酒がメーカーから直接瓶で出荷されるようになって、まだ日が浅いのです。
 さて、そうなると、お酒が瓶に詰めてから実際に呑まれるまで、品質がきちんと維持されていなければならないことになります。お酒は、日光、特に紫外線に 弱いので、光を通すガラスの瓶に長い間置かれていると劣化してしまいます。また、最初の頃は防腐剤などを入れていたそうです。しかし、食品添加物が問題に なるようになって、添加物ではなく容器によって紫外線を防いで劣化をなくそうと言うことになりました。いわゆる色つきの瓶が用いられ始めたわけです。
 最初は青い瓶がはやりましたが、最近ではより紫外線を通さない色の研究が進んでいます。グラフを見ていただけばわかるように、透明な瓶に比べて茶色や黒の瓶が極端に紫外線を通す量が少ないことがわかります。
 今では、日本酒の主力は茶色の瓶になっています。そして、一部の高級酒では、黒い瓶が用いられています。色の濃いほうが光をより防ぐからです。現在で は、こうした容器に入れられて適正に保存されたものの賞味期間は大体3ヶ月を目安にするということになっています。この色つきのガラス瓶というお酒の容器 は、この先しばらくは酒瓶の主流になるでしょうが、近ごろは紙パックなどが広まってきています。
 こうしてみると、お酒を詰める容器というのはじつにいろいろな経緯を経て今に至っていることがわかります。経済性、デザイン性、そしてお酒の劣化を防ぐ、という様々な面から、これからも新しい容器の研究は続けられていくことと思います。

 


 今回の記念ボトルの材料であるチタンは、実は地球上で最も豊富にある物質です。もともと、チタン(ティタン)というのはギリシャ神話に出てくる神の一族 をさす言葉で、例えば、地球を支えている彫刻で有名なアトラスもその代表的なメンバーであるということからもわかるように、ガラスの原料となる硝石などよ りも非常に一般的な物質なのです。その物質がどうして今まで用いられなかったかというと、純粋なものとして抽出する際にアルミニウムの何十倍という電力を 必要とすることと材質が非常に堅いという理由によるものでした。
 つまりコストがかかりすぎるので、今のところ一般のお酒には高すぎて使えないというのが現状です。しかし、軽くて衝撃に強く、空気中で安定しながらも表 面に酸化被膜をつくるため耐食性が大きいなど、食品の保存容器としては最高に優れた特徴をもっています。現在のガラス瓶でも、お酒の品質を保持するには十 分なのですが、少し重くて壊れ易いということがあります。チタンボトルは今後、技術の発達によっては、おおいに用いられる可能性が高いといえるでしょう。
 いま、記念ボトルの製作はデザイナーの木村勝さんを中心にして、様々な人たちの協力を得ながら着々とすすんでいます。基本的な形は、先日完成し、いよいよ最後の仕上げにかかっています。
  こうした中から新しい時代の技術や製品が生み出されていくわけですから、どんな21世紀のひょうたんが生まれるのか、今からとても楽しみです。
 そして、その容器に納まるのを待つお酒のほうはというと、摂氏零度に保たれた暗くて冷たくて静かな定温貯蔵室で来年の4月を待っています。

 

 

文・中島太一 ガラス瓶写真・安宅康二 資料提供・松谷容器株式会社

 

1.酒になる米「山田錦」の故郷を訪ねて
2.八海山最高の酒造りを求めて
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4.大吟醸を仕込む【2】三段仕込み、もろみ、上槽
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